THE INSECT HUNTER
2009
0919
長野

THE INSECT HUNTER 2009

               
      
30年目の腰痛
  
 



時は 1979年5月某日。

N高校+N中学校生物部合宿の下見のため、部長以下4人の幹事がN山を訪れていた。



N山はベニヒカゲやヒメギフチョウの産地として、蝶屋さんには昔から有名な場所である。

合宿の下見とはいえ、環境の良し悪し・現場の安全確認やポイントの把握を行うだけでは

つまらない。せっかくだから何か虫も採りたいところだが、この年は春の訪れが遅いようで

山の木々は全くの冬枯れ状態。気温も異様に低く、虫の影は全く見る事ができなかった。



歩き疲れた4人は、Y山荘で暖を取りながら、下見の状況と今後の予定を話し合っていた。






部長(所属:蝶班) 「それにしても寒いな〜。こんなに気温が低くては・・・」


副部長A(所属:哺乳類班) 「・・・ヒメギフもちょっと厳しいな・・・」


副部長B(所属:野鳥班) 「ふぁ〜・・・なんだか夜行の疲れも出てきて、眠くなってきたよ」


会計(所属:蜂班) 「ふん・・・だから、ちゃんと寝ておけばよかったんだ」


副部長B 「あ〜。飯を食ったら下山に備えて一眠りするかぁ〜」


部長 「それよりか、みんなここまでで何か収穫はあったの?」


副部長A 「特にないな・・・。哺乳類の痕跡くらいは見つけたいけど」


会計 「何も無し。越冬体のハチいないかな〜。おまえ、何か倒木いじってたよな?」


副部長B 「あ、おれ?樹皮下からハイイロハナカミキリをいくつか・・・」


部長 「う〜ん・・・。合宿の候補地としてはとりあえず保留だな・・・って言うか、
・・・なんでおまえカミキリムシ採ってるの? ・・・鳥はよ??」


副部長B 「けけけ・・・。野鳥班とは世間を欺くための仮の姿。実は元甲虫班で、部活動の裏で好きな虫だけ
を自由に採りたいがための隠れミノ・・・という事は、おまえも知ってるだろお?」


部長 「そうだったな・・・。甲虫班に所属すると、ありとあらゆる甲虫の採集が義務付けられる。
そうなると、おまえの大嫌いなシデムシまで採らないといけないからな・・・」


会計 「ふん・・・なんて身勝手なやつ・・・。甲虫班から文句が出て当たり前だな・・・」


副部長A 「ああ、全くだ。裏で好きな虫だけを採りたいがために、デッチ上げの班まで作るとは・・・」


副部長B 「けけけ・・・。おいおい、デッチ上げとはひどいなぁ。文化祭ではきちんと野鳥の研究成果
を発表してるだろうがぁ。 まあ、どこぞの パクリ だけどなぁ〜。 けけけ・・・」





よくぞ、まあ、こんな邪悪な高校生がいたものだ・・・呆れてモノも言えぬ・・・。


・・・そして、時は流れ・・・


 

   
   
時は2009年 秋。

あれから30年後・・・。

当事の部長と副部長Bの姿が、同じ N山にあった。


歳と共にその容姿はずいぶんと変わってはいるが・・・

部長=うめちゃん、副部長B=びおすけ である。


思えば、うめちゃんともずいぶんと長いつきあいだ。

二人の関係・・・頼りがいのある うめちゃんと、
我がまま

な びおすけという構図は変わっていない。

ちなみに、副部長Aと会計は、現在は虫屋あるいは

生物屋からは足を
洗いまっとうな?生活を送っている。


さて、ここN山は蝶以外にも良い虫が採れる事で知ら

れているが、そのひとつがタニグチコブヤハズである。

二人はその虫を採りに30年ぶりにここを訪れたのだ。


正直、当時の景観はあまり憶えていないのだが、その

独特の雰囲気〜草原と針葉樹が織りなす小欧州的な

自然美〜はイメージとして残っていた。

今、二人が見ている景観は、まさにそのイメージその

ものであり、30年経っても変わらぬ自然の懐の深さに

二人は驚嘆した。

 
 
未舗装路を先に進むと、あの懐かしき Y山荘がちゃん

と残っていた。目まぐるしく変化の多い現代、そんな

中でも、変わらずに残ってるモノがあるんだなぁ・・・


・・・その時、二人の心と体は10代の頃にタイムスリップ

していた。


部長 「それじゃ〜タニグチ探すか!」

副部長B 「ほい、行ってみますか〜」


30年前は、このあたりで採れるタニグチは、いわゆる

「南アルプス亜種」と言われていたが、今では他所でも

見られる個体変異の範疇として、特に区別されない。


   
副B 「部長〜、どのへんから探してみる?」

部長 「まずは例の・・・なんだっけフキ・・・フキ・・・」

副B 「マルバダケブキだよ〜」

部長 「ああ、それだ。それを探さないとな」

副B 「でも、あったとしても範囲限られてるっぽいね」

部長 「ここまで登ってくる途中でも、あるにはあった
     けど、葉が小さい上にまだ枯れてないよな」

副B 「時期によって微妙に標高を変えて探さないとね」

  
 
さて、しばらくして探し物が見つかり始めた。

マルバダケブキ。

なぜ、タニグチコブヤハズ=マルバダケブキなのか?

その理由は、ここに来て良く理解できた。

理由は簡単。他にコブが依存できる枯葉が無いのだ。

他のキク科植物にも枯葉が見られるが、コブの食用

としては適していないためなのか?そちらの葉は見向

きもされていないようだ。

あくまでもマルバダケブキ。オンリーワン、という感じ。

  
   
そして、そのマルバダケブキの丸まった枯葉を拾って

広げてみる。タニグチはこの枯葉を食用とし隠れ家と

しているのだ。 やたらと乾燥した枯葉以外なら、どれ

でも入っている可能性があるので、地面に落ちている

枯葉を片っ端から拾って探す。丸まった枯葉を広げる

際には必ず叩き網などを下にあてがうのが鉄則だ。

これをしないと地面に落して痛い目をみる。

必ずゆっくりと葉を広げる。 ガバッ!とひろげると虫が

はじけ飛んでしまうからね、そぉ〜っとゆっくり広げる。

そぉ〜っと・・・そぉ〜っと

ゆ〜っくりと・・・

 
  
すると、たいていはカメムシの幼虫や、ハサミムシが

入っていてがっかりする。ハサミムシだと場合によって

は指を挟まれて、意外と痛い思いをして、がっかりする

上に悔しい思いをする。

他にはクモやヤスデ、得体の知れない蛾の幼虫など

の気味悪い生物が多く、心臓の弱い人には向かない。

最悪の場合、鹿の糞がまとめて入ってる場合もあり、

このような場合、もはや自分が何を探してるのかわから

なくなり、「クソっ!」と一声あげて周囲にあたりちらす。

ヒサゴゴミムシダマシやヒョウタンゾウムシなどの甲虫

が入っていれば、まだかなりマシな方である。

  
 
丸まった枯葉を広げて確認し終わったら、念のために

白布の上で枯葉を軽くハタハタとはたいてみる。

するとどこかに潜んでいたハサミムシやイモムシの

残りがすべて落ちてくるから、これを確認したら、白布

をパッパッと掃って、次の枯葉を拾う。これらの作業を

常に飄々と行うとモチベーションが下がるのを極力抑

える事ができるのでそれが望ましい。

これを際限なく続けるわけだが、これだけでもかなり

マゾい作業だというのがおわかりになると思う。

つまり、変態・変人でなければタニグチは探せない・・・

という事であり、今までこういう風にタニグチを採られた

方はみんな変態・変人と考えて間違いなかろう W


   
このような精神的消耗に加えて、肉体的な負担も当然

ある。林床の枯草をしゃがんで拾っては、次の枯葉を

拾うために立って移動する。これを際限なく繰り返すの

で腰および背筋にかかる負担が想像以上に大きく、

日頃運動不足である事を忘れて、10代に戻ったつもり

でこの作業を繰り返すと、翌日、あるいは翌々日に

大変な目にあう事はご理解いただけると思う。

この採集に挑む前に、湿布薬を購入されておく事を

ぜひお薦めしたい。



 
これらのメンタルおよびフィジカル的な負担については

マルバダケブキを1本々探すのが面倒なので、できるだ

け群落を見つけて、あまり動かずに済まそうとするのが

かえってアダとなる事に後で気づくのだ。

多少立って移動する距離があれば、ちょうど良い運動

になり、ある意味休憩がとれるのだが、範囲が狭いと

しゃがむ→立つ→しゃがむ→立つ を短時間に繰り返

すため、それは想像以上にたいへんな運動となる。

であるから、この右写真のような場所は要注意である。

けして、「おお〜!マルバダケブキいっぱいあるぅ〜!」

などと単純に喜んではいけないのである。


  
・・・以上のような様々な苦難を乗り越えた時に、ふと

幸運の風が我が身に吹く事が稀にある。その風に乗っ

た瞬間にタニグチはこうして姿を見せてくれる。

鬱積したサゲサゲ気分を吹き飛ばし、言いようのない

不安から解放されるのがこの瞬間である。


副B 「キターーー!!」

部長 「おお、枯葉の状態は?」

副B 「割と湿って黒っぽい感じ」

部長 「おお!こっちもいたぞ!」


  
これは部長が採集した♀であるが、同じコブヤハズ類

の中でも、その体型のコロコロ感や、一番の特徴であ

る黒紋が見せる体色とのコントラストといい、タニグチ

は1、2を争う「良いコブ」ではないだろうか。

ビューティーさとファニーな感じがほどよくミックスした

魅力的なコブヤハズである。

コブの中でも特に人気が高い種類なのがよくわかる。


それにしても30年前は、ここに生息している事は知っ

てはいたものの、とても自分らに採集できるシロモノ

ではない・・・それほどのド珍品と思っていたものだが、

こうして狙って採れるようになるなんて、当時は夢にも

思わぬ事であった。

  
  
さすがに、それほど個体数の多いものではないから

連続的とはいかないが、その後もぽつぽつと採れる。

とにかく、この採集法を最初に発見した人は偉大だ。

この先人の努力の賜物に対して自分らは深く感謝せ

ねばならないだろう。


いずれにせよ、このタニグチコブヤハズの採集とは、

いわゆる「コブ叩き」でも「ルッキング」でもなく、それは

まさに 「コブめくり」 である。

マルバダケブキは葉も大きいので「ニギニギ」だけで

は感触がつかめない。やはりそ〜っとめくるしかない。

  
 
時に、こんなシーンにも巡り合えた。


ササの葉の上に乗っていたマルバダケブキの枯葉を

そぉ〜っとどかすと、タニグチの♀がちょこんと止まっ

ていたのだ。荒々しい動作をしていたら見る事はでき

なかったであろう。


激しくヤラセな雰囲気だが、まぎれもなく自然のまま

の写真なのだ。

  
  
副部長Bの場合は、なぜか♀個体に巡り合う機会が

多かった。

タニグチの♀は、他の種類のコブと変わらない大きさ

だが、♂個体では時に極端に小さな個体が見られる。

注意力散漫の副部長Bは、枯葉をめくる時に小さな♂

を見逃したり、落としたり、弾き飛ばしたりした可能性

がある。

その点、部長の方はと言うと、しっかりと半々の割合で

採集していたようだ。

  
   
副部長Bが採集した唯一の♂はなぜか不完全品で

触角や前脚の爪などが欠けていたので悲しかった。


部長がそれを見かねて完品♂を恵んでくれた。

部長はイイヤツである。

  
   
二人ともそれなりに納得いく結果を得る事ができた。

採集品を納めたタッパーを眺めつつ、いつの間にか

部長と副部長Bは、それぞれ うめちゃんと びおすけ

の姿に戻っていた。


そして二人は N山を後にした。


ふと気付くと・・・ 「あれ? イテテテテテ・・・」

年相応の腰痛に苦しむ二人なのであった。




PS:現地の情報をいただいたeichan氏に感謝します。
END

   


     
    
 
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